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【レポート】やわつちサロン第5回「いまの東北で、つくって発表すること」

2018年04月05日 (更新:2018年4月5日)

日時:2018年2月28日(水)19:00〜21:00

 

今回は、NOOKメンバーで作家・画家の瀬尾夏美さん、美術家の佐竹真紀子さん、演出家・作家の中村大地さんがサロンマスターをつとめ、ゲストに岩手県陸前高田市を中心に表現活動を展開する佐藤徳政さんを迎えて、“東日本大震災後の東北で何を考え、作品をつくって発表してきたか”について話しました。

 

 

まずは、中村さんがご自身のこれまでの活動について話しました。2010年に大学入学を期に東京から来仙し、演劇の音響に携わり始め、11年に被災。その後、12年から作品を手がけるようになった中村さん。演劇を始めた当初から、目の前にいる観客がいないかのように、大げさに振る舞う演出に抵抗感を持ち、わざとらしくない、俳優と観客が同じ空間に存在するような演劇をしたいという思いを抱えていました。また、さまざまな作品をつくっていくなかで、東北の民話と出会い、語る/聞くという関係のなかで紡がれる“現実の困難を話の世界で救う”という営みに魅了され、“フィクションのあるべき姿の一つ”かもしれないと感じるようになります。

その後、大学での催事をきっかけに、中村さんは震災をもとにした作品制作を模索し始めます。震災を語ることにはうしろめたさがあったけれど、過去の出来事にしてしまうのではなく、“未来にも起こりうること”とすれば、作品をつくれるかもしれないと考えました。そして、模索の過程は昨年上演した〈とおくはちかい〉へと結びつきます。大規模火災に見舞われた街を舞台に、発災から半年後、10年後という時間軸のなかで、若い女性二人が一室で淡々と会話を繰り広げるという作品です。中村さんは本作をつくるなかで、震災という出来事を個人のレベルから引き離し、抽象化して見せることを意識したといいます。「演劇は虚構だけれど、そこに“2011年”といった現実の言葉が入ると、個人の体験に接続してしまう。だから、自分自身と切り離して見てもらえたらと思った」と話しました。

 

 

次は瀬尾さんです。震災当時は東京の美大生で、報道を見聞きしながらも、被災した現地のことを何も知らないと感じていたそう。“表現者の役割とは?”と自身に問いかけ、映像作家の小森はるかさんとともにボランティアとして東北沿岸部を訪ね始めました。そのなかで知ったのは、被災度の高い人々への思いを抱え、自分のことを“語れない”人たちの存在があること。また同時に、各地で行っていた報告会では、「もう報道で見て知っているから」と、次第に現地の人々の営みが伝わりにくくなっていく状況も出てきました。そして、瀬尾さんは現地と他の場所とをつなぐメディアとしての身体をつくろうと、陸前高田市に移り住み、町を歩き、人々の言葉に耳を傾けながら表現する活動を始めます。

これまでの作品の手法には、地元の方と小森さんとともに制作した映像作品〈波のした、土のうえ〉や、2031年の町を描いた物語〈二重のまち〉を地元の人たちと読み込んでいく取り組みなど、土地の出来事を抽象化・物語化し、また別の体験へと結びつける、被災経験のある方との協働があります。一方、非被災者である人たちと一緒に考え、表現することへの可能性も瀬尾さんは感じています。昨年はダンサー・振付家の砂連尾理さんによる震災を表現した舞台作品〈猿とモルターレ〉に参加し、そのなかで大阪府の高校生たちと〈二重のまち〉を読み込み、彼らがそれを身体で表現するというワークショップを行いました。瀬尾さんは最後に、高校生が語った「わからないけど手を伸ばしたい」という言葉を紹介しながら、「手を伸ばすアクションから伝わることがある」と話しました。

 

 

続いて佐竹さんです。もともと宮城県の利府町生まれで、震災時は瀬尾さんと同じく東京の美大生だった佐竹さん。大きな出来事に動揺しつつも、何ができるだろう?となかなか動き出せず、2年ほどの月日が経ちました。しかし、もやもやとした感情は消えず、被災した沿岸地域に足を運んでみようと思い立ちます。

実際に若林区荒浜などを訪れてみると、瓦礫はなくなり、過去と現在の違いがよくわからないように感じたといいます。歩いていても、誰か人に会うことはありませんでした。この経験から、“何の関わりもないところから関わりをつくること”への関心が強まり、表現方法を模索しながら、2015年に〈偽バス停〉をつくり出します。この作品はかつて沿岸地域まで続いていたバスの路線に偽物のバス停を設置するというもの。その過程は映像にも記録され、バス停をきっかけに地元の方との会話が生まれる様子などが写されています。このときの経験について、佐竹さんは「ささやかなことでも誰かが見ているということは発表になるし、その責任は負うことになる」と話します。その後も荒浜を訪れ、バス停を修復したり、かつて誰かの暮らしがあった場所に精霊馬を置いたりと、土地との関わり方を探りました。

この作品は、3.11オモイデアーカイブとの協働によるツアープロジェクト「きょうは市バスに乗って、荒浜へ」などの新たな取り組みにもつながり、かつての暮らしの記憶を呼び起こす装置として、地元の方や参加者と対話する機会も生んでいます。

 

 

最後は、クリエイティブチームFIVEDの代表でもある佐藤徳政さんにお話しいただきました。徳政さんのふるさとである陸前高田市高田町森の前地区は、震災による津波で大きな被害を受けた地域です。幼い頃から親しんだ「五本松」の風景は流され、その風景の礎ともいえる巨石だけが残りました。徳政さんは震災後のあるとき、地域の行事で伝統芸能の神楽を見て、昔の記憶を再現する営みに惹きつけられます。そして、これからの世代に“ここにこういう場所があった”ということを伝えたいと、5月5日の朝5時に、五本松でご自身が踊る舞、〈五本松神楽〉をつくり出しました。

〈五本松神楽〉は、「自然」、森の前地区にゆかりのある「偉人」、「震災」、活動の象徴でもある「鹿」、徳政さんの「マインド」を表現した5演目で構成されています。この舞を展開させていくことをチーム内で検討しながら、一方ではおごそかで大事なものとして舞を保存しつつ、また一方では、誰でも、どこでも輪踊りのように舞えるよう、新たに〈互盆松鹿樂〉として発信を始めます。徳政さんは、この舞のプロモーションビデオを制作してYouTubeなどで公開するほか、県外の地域に訪れて土地の話を伝えながら舞を披露する活動も実施。また、この舞の衣装であるお面には目の穴が空いていません。かぶると前が見えなくなってしまうという特性を活かし、見えないまま輪踊りをするにはどのような方法があるか、実践しながら考えるワークショップも行いました。継承していきたいものを、舞いながら伝え、舞う側も、舞を通じて受け継がれるものを感じとるという営みの美しさを感じました。

 

いかに土地に生き、どう向き合うか。4人の方々のお話を聞きながら、こんな問いかけをもらったような気がします。日々を過ごす歩みのなかで、じっくり考えてみたいと思いました。

 

 

▲この日は徳政さんが行っている「御伝(おでん)」活動(伝統・伝説・伝記・伝播・伝承)にちなみ、エイブル・アート・ジャパンの佐々木さんによるおでんをご提供!

 

報告:鈴木瑠理子(東北リサーチとアートセンター常駐スタッフ)

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東北にルーツを持っていたり、当時暮らしていたり、震災後に移住してきた表現者たちが、いままで何を考えてものをつくったり発表してきたかを話します。陸前高田のご出身で震災後に地元に戻って暮らしながら、伝統の祭りの復活等、様々な表現活動を行なう佐藤徳政さんをゲストにお迎えします。

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